そういえば年も明けたし 新しい春夏秋冬に 乾杯
Little things 第三期
03月28日 カタクリ祭りとはこれいかに
実は、そういうものが開催されているのである。 確かにカタクリは昔からそこいらへんに自生して
いるのだが、残念ながらそれほどの有難さをもって、まじまじと見つめたことなどなかった。
ところが である。 あっという間にブームになって、自生地は尽く策で囲われているのである。 なぜ
にこうなってしまうのか?
要するに、希少(?)であるという意識が、採集に拍車をかけてしまうのであろう。 だって、カタクリ
なんて、条件があえばあっという間に沼地を埋め尽くすくらいに増えるものなんだから。 それが
無くなるまで採り尽くすという、それが可能なこと自体、驚愕に値する。
まあ、村おこしならぬ、市興し 何でしょうから、水を差すのもいかがかと。 しかし、あの雑草が
ねえ、という感慨もひとしおなのです。 そのうちに カンゾウ とか、アケビとかでお祭りが
始まるかもしれないし、ノビルでお祭りなんかした日には、あっちこっちでしゃりしゃり食むおとが
していそうで、ちょっと怖い。
むしろ、私はこんな物に 春 を感じます。

かあいいもんですよね、ネコヤナギ 新芽とはいえ、何とも控えめに、ピョコリと顔を出して、春になった
、春になったと震えています。

もそもそっとして見えますが、これで結構硬くて、しっかりした新芽です。 この中から花が咲き、毛虫
のような塊が出てくるかと思うと、それはそれで結構びっくりするものではありますが。。。 でも春
らしい景色ではあります。

このネコヤナギ清瀬辺りでは、こぶしの花が咲き といった季節に、あちらこちらで芽を吹きます。
まだまだ枯れ枝に見えるところに、こんな新芽が出てくるから良く目立つ。 なるほど猫の尻尾。
12月24日
久しぶりに二日続けの休日となる。 ゆっくり風呂を楽しめるのが
何よりなんだけど、何を読もうか・・・ 本棚の前で悩むときが、実は
とても楽しかったりもする。
すでに読んでいる物ばかりがあるのは当然。 10代のころには、再読
なんていうものは滅多に無くて、たいていは乱読に類する読み捨てに毎日を
送っている。 そのころの学生手帳にひたすら書き込んでいる読んだ本の
題を並べると惨憺たる物。
SFの次に時代物を読み、その次に紀行文。 何度も読み返した記憶が
確かなのは、向 一陽氏の「奥アマゾン探検記」 スタインベックの
「二十日ねずみと人間」 もちろん他にも読み返してはいたと思うけど
あんまり無茶苦茶なヨミップリなので、記憶に残っていない。
今日は、Raymond Chandler " The big sleep " にした。
1939年のこの作品から始まり、実はチャンドラーの作品はそんなに多くない。
Farewell, My lovely
The high window
The lady in the lake
The little sister
The long good-bye
Playback
最初の長編であり、マーロウ物の始まり。
笑える話だけれど、私の頭のなかの私立探偵と言うのは、日本でいえば
600型電話機の受話器を肩にはさんで左手に電話機をぶら下げ、コードを引きずり
ながら部屋の中を歩く と決まったのは、きっとマーロウのせいだと思う。
また、私立探偵は猫を飼っていなくてはいけない。
酒の飲みっぷりも良くなくてはいけないけれど、酒に強くてはいけない。
残念ながら、私はバーボンが飲めなくなってしまったので、かっこよく
グラスを回す仕草はおあづけになってしまった。
はっきりいって、最近非常に仕事に疲れている。
それに、ストレス
が多いんだなあと言うことも、自覚するようになってきた。 夜眠れないのである。
どうでもいいような事が気になって、目が冴えてしまう。
こうやって
居るうちに、何かが進んでゆくような気がしてならなくなる。
心臓が、何もしないのにばくばく・・はしない。
その程度には、毛が生えている心臓を私に与えてくれた両親に感謝する。
そんなときに、ふらふら っと本屋に行くと、えらい事になる。 両手に
読んでいない本を抱えてレジに並ぶ羽目になる。
要するに読書はひとつの逃避
なんだろう。 本を読んでいるときは、其れ相応に没頭する。 ということは
ストレスの種になっている日々の些事を、きれいさっぱり忘れて居られる時間
がそこにあると言うこと。
大体、世の中のことで、忘れていて本当に大問題になるのは結婚記念日と
帰りのタクシー代程度のもので、昨日より昔のことは、全部ひっくるめて
忘れたって構わない。
本当に其れが大問題に
なるようなことなら、たいていはほんの少し、記憶に痕跡がある程度でよいの
だろうし、本当に覚えていて命が助かった、と言うような記憶には、あまり
お目にかかったことが無い。
これが結構南米に居たときには、犯罪から逃れるために気を配って
町を歩く必要があって、毎日緊張感が溢れていたように思う。 たかをくくって
居るわけではないけれど、忙しい忙しい と駈けずり回っている毎日
でも、直接に命を狙われる危険は無いだろう。 じわりじわりとストレスで
胃に穴が空く事のほうが、よっぽど寿命を縮める国が日本。
たまさかの時間の空隙にぼっとうできる読書。
読書は趣味にするものではなくて、たんなる楽しみとして、そこにある。